第2回 あなたは何歳まで働きますか?
何歳になろうと働けるうちは働き続けたい、そう考える人も多いようです。しかしご自身で事業を営んでいるような場合はともかく、会社勤めをしている以上は「何歳まで働きますか?」と聞かれても制約があります。それが「定年」という一つの区切りです。今回は定年について改めて考えてみたいと思います。
従業員が65歳になるまで雇用を確保することがすべての企業に義務付けられ(ただし経過措置があり完全実施は2025年度からです)、さらに今年の4月からは法的な強制力は伴わないものの70歳までの就業の機会を確保することが求められるようになりました。この分だと近い将来、「65歳定年制(定年を設けるのなら65歳以上でないとダメ)」やその後も70歳まで再雇用することなどが義務付けられたり、さらにその先には「70歳定年制」などという話が出てきたりしても不思議ではない状況になりつつある、と私には見えます。
そもそも「定年」とはいったい何だろう・・・。日本では明治時代の後期に定年制が始まったそうですが、今ではあまりにもおなじみの存在なので皆さんはあまり深く考えたことがないと思います。もちろん、必ず定年を設けなければならないと義務付けられているわけではないのですが、全企業のうち95.5%が定年制を定めている、という厚労省の調査結果があります。
法律的な言い方をすれば、定年年齢に到達したことにより自動的に労働契約が終了することを「定年退職制」と呼びます。しかしここで疑問に思うのは、なぜ一定の年齢になると退職せざるをえないことになっているのか、その理由です。高齢になればなるほど体力や気力の面で働くことが困難になる人も増えるでしょう。でもそれは個人差が大きいから年齢だけで一律に区切るのはおかしいのでは? そもそも年齢を理由に契約を終了させること自体が憲法で保障された法の下の平等に違反するのでは? という疑問です。
そういえばアメリカにはたしか年齢差別禁止法というのがあったはず・・・。調べてみると、アメリカは1967年に「65歳定年制」となり、1978年には「70歳定年制」、そして1986年にはついに定年制は違法となり廃止されていました。年齢を理由に差別するのは認められない、ということです。EU諸国でも2006年ごろまでは定年制を禁止する動きが広まったようです。
日本は解雇に対する規制が厳しく、働く能力が不足していることを理由に解雇するのが難しい(つまり定年制がないと高齢者を辞めさせることができない)ので欧米諸国とは少し事情が違うということも事実でしょう。しかしそれを考慮しても、人権が最重要視される流れが世界的に加速している昨今のことですから、年齢差別とも言える日本の定年制に批判的な眼が向けられることもありそうです。
とはいえ日本でも一気に定年制廃止へ、という動きにはなりそうにありません。あまりにも定年制は労使双方にとって(国民全体にとってもそうですが)当たり前なものになっており、これをすぐに廃止すべしという主張は聞こえません。しかし動きはもう始まっています。いまわが国は実態としては「60歳定年制(定年を設けるのなら60歳以上でないとダメ)」ですが、それが65歳へ、そして70歳へと段階的に引き上げられていく流れの中に私たちは既にいると思っていいでしょう。そして日本人の平均寿命や健康寿命のレベルから考えると「75歳定年制」「80歳定年制」はあまり意味のない議論なので、70歳定年制の先は実質的に定年制の廃止ということではないでしょうか。
しかしこの動きは、定年制は年齢差別であり基本的人権の侵害にあたるから廃止すべきだという理念に基づくものではなく、公的年金の財政がひっ迫してきて年金支給開始年齢を引き上げざるを得なくなってきたので、接続点としての定年年齢も延長していこうという極めて現実的な理由によるところが大きいことに注目すべきです。
ちなみにわが国では、定年制そのものは最高裁判所から「お墨付き」を得ています。定年制は企業の人事刷新など企業組織・運営の適正化のために行われるものであり、一般的に不合理な制度とはいえない、と判例はその法的効力を認めています。
(第2回/全5回)2021年6月7日