第5回 あなたは何歳まで働きますか?
ある会社でこんな場面に遭遇したことがあります。定年後の再雇用で働くシニア社員が、こともあろうに社長に向かって「おい、〇〇!」と呼び捨てにしているのです。大変驚きましたが、聞けばシニア社員のほうが年上で、かつては現社長の上司だったこともあり、相当な役職まで経験した人だそうです。
これは極端な例としても、再雇用制度などで身近で働くかつての上司や先輩に対してどうコミュニケーションをとっていいのかわからなくて困っている人も多いと思います。その理由は、「長幼の序」を重んじる日本だからということだけではなさそうです。そもそも雇用延長で働く人の役割や位置づけが明確になっていないことにあるのではないでしょうか。
高齢者の雇用は「福祉的雇用」である、と言われることがあります。会社の人事戦略として積極的に雇用するのではなく、法律で65歳までの雇用継続が義務付けられているから社会的な責任を果たすために半ば仕方なく雇用を続ける、という意味合いです。もともと雇用継続の義務化は公的年金の支給開始年齢が原則65歳からになったことから出てきた話ですから、企業経営者としてはそう考えるのも無理はありません。しかしここで認識を改めないと、高齢者をどのように活用して戦力化すべきかを考えるスタート地点に立てないことになります。
多くの会社では60歳の定年までは正社員として、定年後の再雇用になると嘱託社員やシニア社員などと呼ばれる非正規社員として、それぞれ別の人事管理が適用されます。問題なのはそれが一貫した人事ポリシーのもとで考えられているのではなく、「一国二制度」的に存在していることだと思います。定年再雇用制度があと付けで「オマケ」のようにくっついているイメージです。たとえば給与の決め方です。再雇用者は定年時の6割程度の支給水準になることが多いようです。6割でも7割でもよいとして、給与は労働の対価として支払われるものですから、どういう根拠でその額になるのかが説明できなければだめです。
就業規則に「再雇用された社員の給与は定年時の6割とする」と明記している会社があったので興味深くその根拠を尋ねたところ、「世間相場がそのくらいだと聞いたので」との返答で、ガッカリしたことがあります。かつては「再雇用者の給与=定年時の給与-(公的年金+雇用保険からの給付)」とする方法もよく用いられていました。給与の本質には目をつむり、社会制度からの給付との差し引き計算で決めることには違和感を覚えますが、これもまさに「福祉的雇用」という考え方の発露だと思います。
高齢者の雇用は福祉でも何でもなく、会社の経営目標を達成するための人事戦略です。ですから、どんな役割を与えてどういう仕事をしてもらい、それをどう評価して処遇をどのように決めるのか、という人材活用の鉄則は当然、高齢者にも適用されなくてはなりません。高齢者向けの特別な仕組みをつくるというよりも、全社員を対象とする一貫性のある人事制度の中に高齢者も取り込む、という発想が大事です。
しかしそうは言っても、高齢の労働者をひと括りにして画一的な人事制度を適用することは現実的ではありません。それまでの経験や獲得した能力は一人ひとり違えば、体力・気力も個人差がかなり大きい。勤務時間や勤務場所などに制約のある人もいます。それぞれの状況に合った柔軟な働き方や処遇ができるような選択肢を設けるなどの配慮をしないと、有効な人材活用には結び付きません。ここが高齢者雇用の一番のポイントだと思います。
また国家公務員の定年が65歳へ引き上げられることが決まり、民間企業でもこれに追随する動きが活発化することは確実です。今から65歳定年制を念頭においた準備をすべきです。そのためには中長期的な事業展開や人件費予測、在籍社員の年齢構成など考慮すべき要素がたくさんあります。
このブログは今回が最終回となりますが、高齢者の人材活用を目指すのであれば、雇う側の会社も、そこで働く人たちも、かなり本気で取り組んでいかなくてはならないことがお分かりいただけましたでしょうか。高齢者雇用をめぐる法改正が、御社にとってただ単に「社員の在職期間が長くなった」だけで終わらないことをお祈りします。
(最終回/全5回)2021年7月26日
社会保険労務士法人ヒューマン・プライムでは、高齢者活用のための人事制度の見直しコンサルティングを承っています。
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