「年収の壁」対策が10月から始動しました!
パートタイムで働く人が社会保険料の負担を避けるためなどの理由で、労働時間を抑える「年収の壁」が、昨今の人材不足下で大きな問題になっています。
国民年金加入者のうち、厚生年金・共済組合に加入している配偶者に扶養される20歳以上60歳未満の方を「第3号被保険者」といいますが、第3号被保険者(令和4年度末 721万人)のうち約4割が就労されています。そして、このなかに
- 収入が106万円または130万円を超えた場合に社会保険料負担が発生すること
- (配偶者が勤務する企業の)収入要件のある配偶者手当が支給されなくなることによる手取り収入の減少
を理由として、就業調整をしている人が一定程度存在しています。
さらに、最低賃金が引き上げられると、年収の壁を超えないように就業調整をおこなう人がますます増える可能性があります。
この年収の壁問題の解消に向けて、国は、従業員の年収が一定の水準を超えても手取り収入が減らないように取り組む企業を助成するなどの対策(年収の壁・支援強化パッケージ)を10月から開始しました。
1.「年収の壁」とは
年収の壁には、大きく分けて税制上の壁と社会保険上の壁の2種類があり、主な年収の壁は次の通りです。
【税制上の壁】
①100万円の壁:年収が100万円を超えると、(本人に)住民税がかかる可能性があります。
②103万円の壁:年収が100万円を超えると、(本人に)一般的に所得税がかかります。
③150万円の壁:年収が150万円を超えると、(配偶者の)配偶者特別控除額が縮小します。
【社会保険上の壁】
④106万円の壁:勤務先の従業員数が100名を超える※場合、週の労働時間が20時間以上で、月額賃金が8万8000円(年収換算で約106万円)以上であれば、社会保険加入の対象となり、社会保険料が天引きされます。
※1年のうち6ヶ月以上、社会保険の被保険者数(短時間労働者を含まない)が101人以上となることが見込まれる企業で、特定適用事業所といいます。なお、令和6年10 月からは常時 51 人以上となります。
⑤130万円の壁:年収が130万円以上になると、勤務先の規模や労働時間によらず、会社員などの配偶者や家族が入る社会保険の扶養から外れます。この場合、自身で国民健康保険や国民年金に加入する必要がありますが、一定の要件を満たす場合には勤務先の社会保険に加入することができます。
2.「年収の壁」対策の概要
年収の壁に対する当面の対応策として、9月27日に発表された「年収の壁・支援強化パッケージ」の概要は次の通りです。
●106万円の壁への対応
・キャリアアップ助成金に社会保険適用時処遇改善コースを新設
・社会保険適用促進手当の標準報酬算定除外
●130万円の壁への対応
・事業主の証明による被扶養者認定の円滑化
労働時間延長等に伴い一時的に収入が増加し、直近の収入に基づく年収見込み額が130万円以上になる場合において、事業主が、人手不足による一時的な収入変動である旨を証明することができるようになります。これにより、直ちに被扶養者認定が取り消されることなく、将来の収入見込みが総合的な判断によることとなるため、被扶養認定が継続される可能性があります。
●配偶者手当への対応
・企業の配偶者手当の見直し促進
令和6年春の賃金見直しに向けた労使の話し合いのなかで配偶者手当の見直しが進むよう、見直しの手順をフローチャートで示した資料が公表されています。
3.「106万円の壁」への対応① 社会保険適用時処遇改善コース
キャリアアップ助成金の新しいコースは、従業員が100人超の企業で週20時間以上勤務する場合に、社会保険に加入して保険料負担が生じる「106万円の壁」への当面の対策として設置されたものです。社会保険の適用後も手取り収入が減少しないよう、労働者の収入を増加させる取組を行う事業主への助成として、社会保険適用時処遇改善コースが新設されました。
●キャリアアップ助成金とは
キャリアアップ助成金とは、有期雇用労働者、短時間労働者、派遣労働者といった、いわゆる非正規雇用労働者のキャリアアップを促進するため、正社員化や処遇改善の取組を実施した事業主に対して助成する制度で、既存のコースとして次の6つが設けられています。
なお、6.短時間労働者労働時間延長コースは、新設された社会保険適用時処遇改善コースのメニューに位置付けられることとなりました。
●社会保険適用時処遇改善コースの概要
短時間労働者が新たに社会保険の適用となる際に、収入を増加させる取組を行った事業主に対して、労働者1人当たり最大50万円の助成が行われますが、助成対象となる労働者の収入を増加させる取組には、賃上げ、社会保険料負担に伴う手取り収入の減少分に相当する手当(=社会保険適用促進手当)の支給、所定労働時間の延長があります。
社会保険適用時処遇改善コースには3つのメニューが設けられており、手当等により労働者の収入を増加させる場合に助成が受けられる「手当等支給メニュー」、所定労働時間の延長により社会保険を適用させる場合に助成が受けられる「労働時間延長メニュー」、手当等の支給と労働時間の延長を組み合わせる「併用メニュー」から、企業の実情に応じて選ぶことができます。
助成金の対象となる労働者は、社会保険適用時の前日から起算して過去6ケ月以上の期間継続して雇用された方であって、2023年10月以降に新たに社会保険に加入した方となります。
なお、社会保険適用促進手当とは、短時間労働者への社会保険の適用を促進するため、労働者が社会保険に加入するにあたり事業主が労働者の保険料負担を軽減するために支給するものです。
(1)手当等支給メニュー(手当等により収入を増加させる場合)
イメージ(時給1,016円・週所定労働時間20時間の労働者の場合)
通常は、年収106万円の労働者が社会保険の適用になると、社会保険料約16万円の負担が生じ、手取り年収が約90万円となります。この約16万円(賃金の15%分)を補填するため、事業主は社会保険適用促進手当を労働者に追加支給することによって労働者の手取り収入の減収を防ぐことができます。
このように、労働者の手取り収入の減少を防ぐため社会保険適用促進手当(賃金の15%以上)を労働者に追加支給した事業主に対して給付される助成金が、手当等支給メニューです。ただし、3年目も受給するためには、社会保険適用促進手当に代えて恒常的に基本給(時給)を18%以上増額させていることが要件になります。2年目に前倒して社会保険適用促進手当に代えて恒常的に基本給(時給)を18%以上増額させた場合は、2年目分と3年目分の助成金(中小企業30万円)がまとめて給付されます。
(2)労働時間延⾧メニュー(労働時間延⾧を組み合わせる場合)
労働時間延⾧メニューは、労働者の手取り収入の減少を防ぐため、上記表のように所定労働時間の延長と賃金の増額を行うによって社会保険を適用させる場合に事業主に対して給付される助成金です。
(3)併用メニュー
イメージ(時給1,000円・週所定労働時間20時間の労働者の場合)
併用メニューは、手当等支給メニューと労働時間延⾧メニューを併用して労働者の手取り収入の減少を防ぐ取り組みを実施した事業主に給付される助成金です。1年目は、社会保険適用促進手当(賃金の15%以上分)を追加支給することによって、手当等支給メニューの助成金を受給し、2年目は、所定労働時間の延長と賃金の増額を行うによって、労働時間延⾧メニューの助成金を受給します。
4.「106万円の壁」への対応② 社会保険適用促進手当
●社会保険適用促進手当の標準報酬算定除外
社会保険の適用促進にあたり労使双方の保険料負担を軽減するという観点から、社会保険適用促進手当については、新たに社会保険の適用となった労働者(標準報酬月額が10.4万円以下の者に限る)の本人負担分の保険料相当額を上限として、標準報酬月額や標準賞与額の算定に考慮されません。
また、事業所内での労働者間のバランスを考慮し、事業主が同一事業所内で同じ条件で働く他の労働者(既に社会保険が適用されている者で標準報酬月額が10.4万円以下の者)にも、事業主が保険料負担を軽減するために同水準の手当を支給する場合には、本人負担分の保険料相当額を上限として標準報酬月額・標準賞与額の算定に考慮しない措置の対象となります。
なお、算定から除外できる期間は、社会保険適用促進手当による保険料負担軽減の最初の対象月から2年間が上限となります。
●社会保険適用促進手当の規定例
社会保険適用促進手当の支給を行う事業主は、就業規則または賃金規程等への定めが必要になりますので、労働者の過半数で組織する労働組合(ない場合は、労働者の過半数を代表する者)の意見書を添付して、所轄の労働基準監督署へ届け出てください。
社会保険適用促進手当を規定する場合の一例を示しますので、参考にしてください。
第〇条(社会保険適用促進手当)
社会保険適用促進手当は、社会保険(健康保険・厚生年金保険)の被保険者要件を満たさずに6ヶ月 間以上雇用されていたパートタイマーが新たに被保険者となった場合において、一定期間に限り、当該労働者の社会保険料負担を軽減するために支給する。
2 社会保険適用促進手当は、法令に基づき算定される社会保険料の被保険者負担分相当額を、翌月の賃金支払日に支給する。
3 社会保険適用促進手当は、社会保険(健康保険・厚生年金保険)の被保険者となった日の属する月以降であって、社会保険料の被保険者負担分を当該労働者の賃金から控除することとなった月から最長2年間支給するものとする。
最後に
「年収の壁」対策の目的は、社会全体で労働力を確保するとともに、労働者自身も希望通り働くことができる環境づくりを後押しすることです。企業における人材不足の解消と労働者のキャリア形成という労使双方にとってのWin-Winを目指して、今回新設された助成金等の活用をぜひご検討ください。
参考資料:
厚生労働省リーフレット「キャリアアップ助成金社会保険適用時処遇改善コース」
厚生労働省「「年収の壁」への当面の対応策」
令和5年9月27日付「年収の壁・支援強化パッケージ」